にじむまちのひが・・・上田正樹・・・悲しい色やね、関西の言葉かな?と思っていたら京都市出身!

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にじむまちのひを、ふたりみていた・・・

リリースは昭和57年(1982年)ですが、ヒットしたのは翌年(昭和58年)にかけてです。息の長いヒットだったのでしょうね。
覚えている方は昭和58年にひもづけておられるかも知れません。

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目次

カラオケで唄いたい昭和の歌、昭和57年(1982年)の歌

にじむまちのひを、ふたりみていた
さんばしにとめた、くるまにもたれて・・・

【出典:上田正樹 悲しい色やね】

港に車を止めて、エンジンも音楽も消して・・・黙って海を眺める・・・
窓を少しだけあけて、煙草をくゆらせる、そんなシーン・イメージが妄想的にわいてきます。もちろん助手席には・・・ですね。

男一人とか、男同士でなんて絵になりませんから。何といっても歌謡曲の世界なのです。

悲しい色やね、上田正樹

大阪が好きになりそうな歌です。メロディーだけでロマンチックな場面が浮かんできそうです。一度は、大阪の海を見にいきたいものですね。
夕暮れ時にいちどだけ海遊館にいった経験がありますが、キレイでしたね。

上田正樹・・・京都市出身、昭和24年(1949年)生まれ。

【出典:Wikipedia】

この歌を選んだ人は、この歌も好きそうです(独断と偏見で)

私が個人的に好きだから・・・たぶん他の人も(きっと)そうだろうね、という解釈・判断です。

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※これは昭和の歌じゃありません(平成の歌)でした。(お許しください)

昭和の一コマ

昭和57年の頃といえば・・・そうなんです。私サイト運営者が社会人になった年です。年末のレコ大が細川たかしの北酒場でしたね。
来生たかおも好きでした。忘れていけないのが、セーラー服と機関銃の薬師丸ひろ子です。セーラームーン(月にかわってお仕置きよ!)ではありません。(中年のオヤジギャグです)

薬師丸ひろ子は(わざと裏声で)よーく唄いましたね。

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この記事を書いた人

60歳還暦過ぎの中高年。31年勤務した地方銀行を定年退職後にネット通販で起業しました。昭和の歌以外は歌えない中高年のブログです。姉妹サイトでは最短コースでのアフィリエイトや副業についての情報を発信しています。【苦労なし】の口コミアフィリエイトを主宰中。

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